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Part Two: 墨版の彫り

日本の伝統木版画はすべて墨線から彫り始めます。使うのは版木刀(あるいは小刀)で、刃は2枚からなる合板です。片側は固いけれども砕け易く(切り込みを作るため)、もう方は柔らかく弾性のあるもの(欠け難くするため)でできています。墨線はすべてこの版木刀で彫り、ひとつの絵の概形全体が終わるまで他の彫刻刀は用いません。

彫刻刀の刃は長くはもたず、たいていはほんの2ヶ月程度ですから、柄の部分はもちろん変えずに、必要に応じて新しい刃を差し込んで使うようにします。


切り出しは刃が鋭いので、彫り込んだ線は細かくてあまり良く見えませんが、あちこちにある三角に切り取られたところが、切り込まれた2本の線の交わるところだとわかります。三角形に切り取ったのは、後から使う彫刻刀では角が上手く彫れないためです。また、2本の線が非常に接近しているような場所では、細くて長い部分をあらかじめこの切り出しで彫っておきます。

カラスの形はこの版に彫りますが、最終段階に見る深い黒はもう一枚のつや版を重ねて出して行きます。


これは松葉の拡大図で、すべて同じ彫刻刀だけを用いています。横にはり出した枝の真下に見える空間は、後から合い梳きで削り取ります。彫刻刀を入れたために、紙が剥がれているところが数カ所見える事と思います。これは、いくら丁寧に版下をのり付けしても、非常に細かい作業をしているとできてしまうのです。でも、ある線の一方の端が分かればもう一方の端はどこにあるはずか分かりますし、時には、紙が剥がれてしまっている方が線の流れのわかることもあるので、こうなっても大した事はないのです。


小刀の裏側を砥石に何回か叩き付けて、歯の先端部を欠きます。これは一時的に、この木の枝の、荒くてうねっているの様子を彫るためです。刃先が版木の上であちこちに傾くので、先端を尖ったままにしておくと、すぐに欠けてしまうからです。こうして予めこのように欠いておけば、あとから研ぎ直す手間が少なくなるのです。筆で書かれた歌の部分(背景に見えています)を彫る時には、先端がきれいに尖っていなければならないので、また研ぎ直すことになります。


この写真がどの位の倍率になっているかは、おそらく予想がつく事でしょう。この写真はこの版画の題を彫っているところで、歌の方はもっと小さい字になっています。

私はこの部分を彫る時には裸眼ではありません。作業台の所に腕の付いた拡大鏡を取り付けてあって、それを通して見ながら彫っていきます。昔の彫師達はどのようにして彫ったのでしょうか。レンズや眼鏡を使うようになったのはいつ頃のことかわかりませんが、こういったものを使わずに仕事をするなんて想像ができません。

このような文字を彫る時には、力はまるで必要ありません。刃先は版木にほんの一ミリほど食い込ませて、薄く削り取るだけですから。彫るというよりも削るのです。手首が動くのは線が曲がる時だけです。


ここに見えるのは歌の一部で、ミリ単位の定規が添えてあります。元の線とほとんど同じに彫っているつもりですが、細かすぎて試し摺りをしてみるまではわかりません。一旦彫り具合がわかれば、再び版木に向かって薄すぎたところや切れ込みがきつすぎた角などを修正していきます。

この版木は、思った程木質がきめが細かくありませんでした。美倉黄楊といって黄楊の中でも一番きめが細かいという定評があり、ものすごく細かな歯のある櫛を作ることでも知られているので、買ってみたのです。私はこの板を見てすぐにその産地を言えるようなふりをするつもりはありませんが、実際そんなことのできる人もいるのです。

この木片は、固いことは固いのです。実際、この歌を彫っているあいだに随分と彫刻刀の歯を折りました。でも、問題は、彫りが済んで紙を洗い流した時に、木が水分を含み過ぎて浮き掘りにした細い線の幅が広くなってしまったのです。ほんの少しなのですが、表情が変化しちゃう程でした。試し摺りが済んだら、もう一度削りとらなくてはなりません。ですから、この木は、そういった意味で、思った程固く密ではないということです。また木場に行って良いのを捜さなくては...


筋彫りが終わると版木刀はもうこの版木では使用しません。最終的には、版画の中で黒くなるところだけが浮き彫りになるわけです。まだ2箇所だけ彫られていないところがありますが、(写真) それは後の色版で彫っていくことになります。(もしもこれが最初から絵師の書いた仕事をしているのであれば、彫り忘れのないように、色版の方にこの絵の部分があるかどうか確認しなければなりません。でも私の場合は、すでに出来上がった原画を見ながら仕事をしているのでその心配はないのです)


墨版の不必要な部分を取り除くためには、2本のノミを使います。浅いU字形をした15ミリの浅丸ノミと、幅の広い24ミリの平ノミです。両方とも金槌か木槌でたたいて使います。

写真では分かりにくいかと思いますが、彫台には「bench dog」があって版木にたたく力が加わる時の止めになります。桜の版木の木質は渦を巻いている所が多いので、彫りながらしょっちゅう版木を回転していき、勢いで彫り過ぎてしまわないように方向を逆にします。ですから、版木は一定の場所に固定できないのです。


最初に切り込みを入れた所に、どこまで近付けて彫れるかは腕と大胆さの見せ所です!この段階で削り取る木の部分が多ければそれだけ、次の段階での仕事が減るわけですが、ほんのちょっとでも食い込んでしまえば、その修復に要する時間はたくさんかかってしまいます。今は皆さんが見ていらっしゃるので、安全をとって冒険をするのは止めにしましょう。


墨版の第3段階は、線の回りにある不必要な部分を取り除く作業です。この仕事は合い梳きという平のみで行っていきます。この版ではつぎの5種類を使っていきます。6ミリ、3ミリ、1ミリ、0.5ミリ、0.Xミリです。(一番小さいのは先端が尖っていて物凄く小さい場所を取り除くのに使います)

この作業の時には一番大きい合い梳きも使って、丸ノミでできた盛り上がった筋もきれいにさらっていきます。 このさらいの作業は、別にやらなくてもいい作業ですが、版木の表面がきれいになるようにしたいのでしています。(必要ないといっても、摺りの作業が順調にいくようにするためにはやったほうがいいのです。墨が浮きぼりになった線の上に溜まって、それが紙の上に染みてしまうことがあるからです。)


さあ、墨版ができあがりました。彫りたてのホヤホヤで、まだ残っている版下はきれいに洗い流してあります。次の段階では、この版木の表面全体に墨を塗り付けるのですが、この作業はいつも気後れがするのです。これ事体が彫刻作品のようで、このまま残しておきたいような気分になるからです。

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