盗賊 櫓智深

どういう訳か、「摺物アルバム」の7枚目は、ちょっとばかり豪華な作品となるのが慣例になったようです。細かな彫がたくさんあり、特別な絵具を用い、色版も多く、... こういった事がこの時点に来あたる版画に要求されるのならば、条件に適う作品目録の一番上に、ひとつの名前が浮上してきます。魚屋北渓!このアルバムを集めておられる方達ならば、北渓を良く御存知ですね。実際、この第5集ではもう登場しています。なにしろ彼でスタートを切っているのですから。今回、作品の元になっている題材は「水滸五行」で、前回の題材である「五行」と重なっています。しかも、双方共に「木」を選んでしまいました。(嘆かわしき着想の乏しさよ!)

選んだと書きましたが、これはまったく偶然の掘り出し物でした。今年の夏にアメリカへ行った折、ある美術館の売店でたまたまこの作品に出会ったのです。写真ではなく、本物の古い木版画でした。販売されていた何枚かの版画は、学芸員によって受入図書から除外されたために販売されていたのです。私は大満足で、これらの版画を自分のコレクションに受入図書として加えることにしました。そうしてこの作品は、引き続き皆様のお手元に届き ... 。

水滸伝は、108人の頭目について書かれた中国の長篇口語小説です。この絵にある櫓智深は、体中に入れ墨をした熊のような大男で、例を挙げれば切りのないほどの暴れ者、どれもが喧嘩話で、そのほとんどは酒に関係しています。この絵では、櫓智深が自分の人間離れした強靱さを示すために柳の木を根こそぎ引き抜いた、という逸話を、北渓が素晴らしい筆致で描写しています。

今年最初の作品と同様、水滸五行は木・火・土・金・水を題材とした5つの作品で構成されています。このように、連作の中の1枚を選ぶと、いつもやり残しのあるような気持になります。ですから、頭の中でこんな筋書きを考えるのです--「そのうち、この連作物の残りも摺物アルバムに加えよう、そうすれば少しずつ完成できるから。」でも、摺物アルバムの中で制作してきた今までの作品を見ると、この類いに属する作品はたくさんあります。つまり「連作中の1枚」だらけなのですから、完成する日など来るわけがありません!

ひとつのまとまりを構成する集合があると、人はその全てを網羅したくなるというのは、とても興味深い現象です。子供の頃の私は、かなりこの状況に陥りやすい質だったようです。切手はもちろんのこと、紅茶の箱に入っていた小さなカードも集めましたし、家の前の道路を通り過ぎる車のナンバーを書き留めアメリカのどの州かを調べる、などということもしました。全ての州からの車を網羅しようとしたのですが、まったく無意味な事をしたものです。でも最近は、全部を集めたくなるウィルスを制御する力が、ほぼ付いてきていますから、北渓の5連作の1枚を所有しているからといって、残りの4枚も集めようとやっきになったりはしないつもりです。とは言え、もしも4枚まで所有しているとしたら... きっと、どうしても残りの1枚が欲しくなってしまうことでしょうね。

このようなことを話題にすれば、私がこうして木版画で生計を立てられるのは、この全部を集めたくなるウィルスがあるお陰だと言う事実をお話しなければなりません。百人一首シリーズに取り組んでいる頃は、「ほんとうに皆さんは、私と一緒に百枚を歩んでくださるだろうか」と、何度も繰り返し考えました。でも、このウィルスのお陰で、私達は完成という終点まで共に辿り着くことができたのです!

一方この摺物アルバムでは、終わりを設定していませんから、皆さんの収集欲をそそるための「全部」がありません。たとえば、来年は違った類いの版画集に取り組むことを思案中で、おそらく再来年は摺物アルバムを再開するでしょう... まだ自分にもよく分からないのです。

えっ、気付かれましたか?「来年は、別の版画集...」と書きましたよね。もちろん、そうしなくては!

デービッド

平成15年12月