「東海道中膝栗毛」から

先月、写楽の作品に添える話を準備している時、背後の事情についてどの程度説明したものだろうかと迷いました。役者、演目中の場面、そこで演じられようとする立ち回り、などについても書くべきだったのでしょうか?結局は書かないことに決めて、版画に関連した事柄に基づいて記すことにしました。版画に関することなら、日本古来の文化についてよりもずっと詳しいのですから、私にとっては最も安全と言えるやりかたです。でもこうすると、収集家の方達がどのように摺物アルバムの版画を理解するのだろうか、という疑問が常に残るのです。百人一首を復刻している頃は、このような事を心配する必要がありませんでした。一枚一枚が何についての版画なのかということを、集める方達のほとんどが理解なさっていましたから。でも、こうして題材の幅を広げてくると、どのくらい理解されると見なすべきなのか、どこまで説明したものか、こういったことが、かなり不鮮明になってくるのです。

今月の版画は、その良い例です。この扇子が初めて作られた時代の人達なら、ひと目ですぐにそれと分かったでしょう。絵師、この絵の出所となった本、描写されているふたりの人物名、そして、どの逸話を取り上げたものかと言う事までも認識できたことでしょう。でも、長い年月が過ぎていますから、このテストで満点を取る人は極めて少ないと思いますが、さあどうでしょう!

絵師は広重、と答えたとしても仕方がありません。この版画は広重風の作品ですから。実際の絵師は、署名の判読が難しいのですが、おそらく小信です。

本の名は?東海道を旅する膝栗毛ですね。登場人物は、弥次喜多ですが、正式名の弥次郎兵衛と喜多八を御記憶の方もいらっしゃるでしょう。

ここまでは簡単な問題、ここからが難問です。ここで描写されている場面はどの逸話からでしょうか?東海道はたくさんの川を通過しますが、敢えて作者がこの渡しを選んだのはなぜでしょうか?一言で言ってしまえば、この逸話が弥次喜多の事をとても良く表現しているからでしょう。

のらくら者のふたりは、ほらを吹いたり空威張りをしたりしながら、旅をして行きます。大井川に来ると、川越しの人足がたくさんいます。料金を聞くと、高値を吹っかけられたので、ふたりは侍と供のふりをして、人足の管理をしている問屋に直接掛け合うことにします。弥次さんは、喜多さんの脇差を使って二本差に見せかけ、喜多さんは二人分の荷物をかつぎます。それから問屋のところに行き、大切な用向きで旅をしているのだと言うと、同勢はどこにいるのかと問われます。そこで弥次さん、でまかせに、駕篭をかつぐ陸尺が8人、侍が12人、槍持ち、挟箱、... 総勢30人程と答えます。また、同勢が一緒に居ないのは、少しずつ麻疹に罹ったので宿々に残してきたからであると説明します。ところが弥次さんは、刀の入っていない小じり(鞘の端のところ)が柱につかえて折れてしまっていることに気付きません。偽侍がほらを吹いている事はバレているのです。結局、あざ笑いの的となり追い払われるはめになりますが、こんなこと、弥次喜多道中では茶飯事です!

この絵に画かれているのは、弥次さん喜多さんの壮大な随行が堂々と川を渡る仮想の眺めです。 

得点はいかがでしたか?正直に言うと、私は、絵師と本の題名、それにふたりの名前までは分かったのですが、この逸話を思い出す事はできず、助け船を求めなくてはなりませんでした。  

今の人達なら知っているのが当たり前のような逸話でも、百年過ぎたら、どれくらいの人がそれと言い当てられることでしょう?たとえば寅さん映画の...

デービッド

平成15年9月