文を読む女

毎月の事ですが、作品に添える話を書く時、まず記しておきたいと考える事の中に絵師の名前があります。でも今回は、それがうまくいきません。ちょっと長くなりますが、いきさつがあるのです!

この作品を絵だけ判断するのならば、簡単です。江戸時代初期の絵師である宮川一笑が、なんらかの形で関わっている、と言うことができます。一笑は、彼よりも遥かに有名な浮世絵師、宮川長春の後継者のひとりです。腑に落ちないのは、この一派が肉筆画を専門としていて木版画には関わったことがなく、もっぱら掛物絵を画いていたという点です。私は、この版画の元となった肉筆画を見た事はありませんが、明治42〜43年に、大阪の滑稽新聞が一枚ずつ発行した版画シリーズ「百家美人画譜」を集めた冊子の中に、この絵を見つけました。当時、新聞を購読していた人が、隔週に付録として貰った版画です。(今でもこの習慣は残っていて、ある新聞社などは、浮世絵を題材にした物をサービスとして配付しています。)

このシリーズを作る際、元の絵を画いた百人の絵師は関わっていない、ということは明白です(ほとんどの絵師はとうの以前に亡くなっていたのですから)。どうやら、明治時代の画家が、百人それぞれの絵師の作品に似せて百枚の絵を描くよう依頼されたようです。その作家は前野春亭と記されていますが、模倣が上手だったらしく、ほとんどの絵から、元の絵を画いた絵師が推測できるのです。これは春章、これは祐信、などなど。この分野に詳しい人が丁寧に調べれば、「おかしな」絵もあります。どこが変なのかを特定することはできないかも知れませんが、どこか何かが違うのです。でも、この絵の場合は、長春派の特徴である雰囲気を的確に捉えています。女性を描写する時に特有の、感覚的含みです。

このシリーズは人気があったようで、大正初期には、何回も本として発行されました。今でも、神田の古本屋に行くとしばしば見かけます。

彫りが始まると私は、当然ながら、この女性が手にしている手紙に何が書いてあるのか、気になり始めました。顔は無表情でほとんどヒントは得られません。永遠の愛を誓う文なのでしょうか、それとも、愛の終わりを告げる文なのでしょうか?私は、この絵の写しを持って、ある知人の所を訪ねてみました。彼は、江戸時代の歴史と書にかなり造詣が深いのです。私自身としては、書体が女性的なので一体どういうことだろう、もしかしたら、この女性が自分で書いた手紙を送る前に読み返しているのだろうか、などと考えていました。でも彼によると、昔の人が女性に手紙を書く時には、男性でも仮名を使い、このように「散らし書き」をする事が珍しくなかった、というのです。当時の女性は、正式に漢字を学習する機会が少なかったためでしょうが、私は、女性に向けての微妙な意味合いを込めた手紙を書く時には、このように流れる曲線を持った仮名書きの方が、固い漢字よりも的確に気持ちを伝えることができたからではないかと思います。

手紙の部分は、楽しく彫ることができました... 彫師にとって、この書のようにすうっと伸びる曲線は、心地良い作業です。打って付けの材料が手に入れば、喜びは倍増します。私は、この書の部分に - 細かい髪の毛の部分もです - 固くて緻密な柘植を使うことができました。

最後にちょっと付け加えておきますね。この作品の繊細な部分を彫り終えてから、おもむろに、この作品の元にした版画と較べ、考え至ったことがあるのです。もしも突然、私がタイムスリップして明治時代に移動してしまったとしても、おそらく... おそらくですよ... 食べるのに困る事はないでしょう!

平成15年5月

デービッド