南画

これは、南画家の中林竹洞の描いた絵で、1812年に出版された「竹洞山水画稿」の中にあります。日本の南画は、御覧になってお分かりになるように、中国から入ってきた作風です。19世紀以前の中国絵画に、南宗画と北宗画の2大類型があるという事を知った時、私は地理的な分類かと思っていましたが、それは勘違いでした。作風の違いで分類されているのであって、地理的要因によるのではなかったのです。北画は細部に注目し(写実的)より色彩的であるのに対し、南画は説明される時に、いつも「印象派的」という言葉が使われていました。       

典型的な南画手法による風景画では、ある特定の対象に焦点を合わせ、残りはそれを取り囲む背景です。この作品の場合、中心にあるのは流れの傍に座っている二人の男ですが、使われている場面は完全に想像上のもので、実在の山ではありません(と思います)。絵の中の木や岩や流れる水などは、精神性を表現するための素材ですから、こういった対象を写実的に描写しようという目的はないのです。そのような観点から見ると、この絵はかなりうまくいっていると思います。鑑賞者は、ほんの数分位しかこの絵を見ず、「静かな風景だなあ」と感じるだけかもしれません。でもこの版画に取り組むこと数週間、長時間に渡ってこの絵を見続けていた私には、この作品がそれだけの時間を費やすに値するという実感が持てるのです。遥か遠くの深山で、川の岸辺に腰を落ち着けていたらどんな心地か、今の私には分かる気がします。

最近、「摺物アルバム」のここ-8枚目-にくると、私は墨摺絵を選んでいます。今年も同じ選択ですが、ちょっとだけ違いがあります。技法的には墨だけで摺られた版画であっても、実際は多色摺りなのです。墨以外の色を使わずに(ふたりの人物の服の部分に付けた微かなセピア色を例外として)8色摺りになっています。では、色調の違いはどこから出ているのでしょうか?幾多の墨、墨です。木版画に手を染めたばかりの頃、私はいつも墨汁だけを使っていました。それは基本の黒色となり、水で薄めると灰色が得られることにも気付きました。

でも、続けていくに従い、墨にはいろいろな種類があって、各々が独自の色調を持っていることが分かってきたのです。子供の頃からお習字をして墨に馴染んでいる日本の方達にとって、こんなことは何ら目新しいことではないでしょう。でも私の目には、違いが見えなかったのです。(私でなくとも西洋人ならほとんどの人が同じだったでしょう)この作品を作る準備段階で、私は墨の専門店に行って色見本をじっくり検討しました。その時、様々な色の墨があることだけでなく、価格の幅がとてつもなく大きことも発見しました。希少な銘柄品になると、金と同じくらい値が張るらしいのです!がっかりされちゃうかな、そんな高価な墨は選びませんでした...

とにかく、青墨など様々な名前のついた種類と普通の墨を各種買い揃えてきました。それから、きれいな版画になるようにと、配色や混ぜ具合を工夫してみました。組み合わせ方は文字どおり無限で、摺師が違えばまるで異なる色使いをすることでしょう。

今回の経験から、墨だけの調合はいつもの顔料を使うよりも難しい、というのが実感です。たとえば、緑色の絵具を版木に付けて摺ることで松葉の緑を見せるのは簡単ですが、灰色を版木に置いて松葉を緑に見せるように摺るのは、なかなかの難題でした!

来月は、いつもの多色摺り(ほんとうに多色版!)に戻りますが、この深閑とした味の作品も楽しんでいただけますように...

平成14年12月

デービッド