2面の扇

先月は、日本の木版画の歴史からみると初期の作品でしたが、今回は、そこから一気に終期まで飛ぶことになります。この絵は両方とも、高橋松亭の作で、1930年代に作られたものです。当時の版元に頼まれて描いていた、たくさんの作品の中にあったもので、扇子用に描かれたわけではありません。得意先は、外国からやってきた観光客が主だったようで、ほとんどが、この絵のように、いかにも「古風な日本」といった趣きの作品です。私は長年に渡って、こういった類いの作品を随分集めてきているので、(日本にきて20年も経っているのに、まだ「観光客」まがいなことをしているのでしょうか?)例によって扇の形をした絵の出番が来た今月用に、手持ちの作品の中からこの2作を選んでみました。うだるような盛夏ですから、みなさんが包みを開いた時に、少しでも涼を感じていただければ、と思ったのです!

こういった類いの作品を使うことについては、ちょっと複雑な思いがあります。何年か前、私はこんな決りを作りました。「古風な日本を意識したような作品は、絶対に作らないぞ!雪に覆われた寺院の中庭....古い家並の瓦屋根.....村はずれにたたずむ、朽ち果てんばかりの百姓家....。こんな陳腐で古臭い題材の作品なんかに手を付けるものか!」この決意を覆しそうになったのは、北斎の作品2点だったと思います。摺物アルバム・第1集の最初にある雪の中の馬の絵、それから、第3集の最後にある雪景色です。このふたつの作品は、どちらも、「きれいな絵」という域を越えた深みがあり、選んだことになんの悔いもありません。でも、今回の作品はぎりぎりの所でしょうか。1930年代の日本ですから、こういった川辺の景色は、まだ実際にあったでしょうが、この作品が作られた目的は、単純に観光客の欲しがるような絵だから、だと思うからです。

伝統木版画を作ることを生業としている人間が、「古風な日本」を題材にした絵を取り上げることに反意を唱えるのは、至難の技です。もしも議論になったら、反論する側の言いそうなことが容易に想像できてしまいます。「デービッド君、『観光客向け』に版画を作るなどということは、西洋人が日本にやってくる前から存在しています.... 広重の東海道五十三次は、その良い例です!江戸時代、吉原の遊女の版画などは、国に持ち帰る土産じゃなかったですか?旅行者向けの版画のどこがいけないのですか?こういった伝統版画は、そもそもが単なる「装飾品」で、見る人に何かを訴えるなどという意図は込められていない、ということを忘れているようですね。」

これは、なかなか面白い論点です。たとえば、ドイツの表現派が作る黒一色の版画の場合などは、社会的・政治的メッセージを送ることが目的で、そう言う観点から見れば、日本の伝統版画はまるで及びません。ここで、もしも、この - 日本の版画は「白痴美人」のようなもの、 インテリ芸術に紛れている脳なし - という論理を受け入れたとしたら、私がここ20年も費やして制作してきた作品と労力はどうなるのでしょうか?私は「知識人」を自称する者ではありませんが、自分の人生をかけて取り組んでいる物には単なる「きれいさ」以上の何ががあると考えたいのです。

ですから、想像上の反論者には、こんな風に応じることにしましょう。「君は日本の版画が『単なる装飾品』と言いますが、私は、その『単なる』を取り除きたい。自慢できる『装飾品』なのですから。何ごとにも、治まる時と場所があります。社会の不実を正すために、それを訴える作品を作るのが芸術家だ、と考える気持ちは分かります。でも、誰もが同じ道を通らなくてはならない世の中になったら、窮屈でたまらなくなります!別の考え方、つまり、辺りに目を巡らせ、美しいものを眺めて、そのことに気持ちを集中させる。そんな人間も、少なくとも同じだけはいる必要があるのです。そうでなかったら、世の中、無味乾燥になってしまいます!」と。

私の作品を御覧になるみなさんは、この議論をどう受け止められるでしょうか?私の摺物アルバムの場合、どれも、かなり釣り合いのとれた内容を含んでいると思います。きれいなだけの物かも知れませんが、アルバム全体として見た時には、それ以上の何かを提供していて、作品を味わいながら様々に考えを巡らすきっかけを作っていると思うのです。私の目論見がうまくいっているかどうか、それが明らかになるのは、ずうっと後になって、出来上がったアルバムを振り返る頃でしょうが。

さて、目前の状況ですが.... どうしたものかなあ..... 来月の作品には、ものすごくきれいな絵を選んだんですよ!

デービッド

平成14年8月