揚子江を渡る達磨

この版画には、署名も落款もありませんが、木版画に精通している人なら、そのようなものがなくても簡単に作者がわかることでしょう。鈴木春信の作であるということに、疑いの余地がありますか?

春信の作品の復刻は、今回が初めてです。彼の作品は好きで、ことに色調などはかなり気に入っているのですが、これほど細かく顔を描写した作品を版木に彫って摺るという難業に取り組むのには、まだ自分が未熟だと思っていたのです。でも、これ以上先延ばしにしていては、経験不足というよりも勇気のなさが原因ではないかと考え、この作品をこのアルバムに加えることにしました。もっと待つべきだったのか、... 私には言うすべがなく、これは御覧になる方の判断にゆだねられることになるでしょう!

春信の絵は、どれもなかなか綺麗ですが、どうしてそう思えるのか、時折疑問に感じるのです。描写の仕方は救い難いほど非現実的ですし、人間の体の基本的割合は大きく歪められています。たとえば、この女性の右手の大きさと身長の割合、そして顔の中に占める口の大きさを見て下さい。この絵を見る私達は、一体全体どうして、これほど異様に歪められた人物を魅力的と受け止めるのでしょうか。春信は無能な絵師だったのでしょうか?

彼が無能であったなどということは明らかに論外で、問題はむしろ、当時の絵師が、どの程度自分流に画くことを許されていたか、そして、どこまで先人の技法を踏襲しなくてはならなかったか、ということにあるのです。春信以前の人達が、手や口をそんな風に画いていたので、ただ単に「そういうもの」と受け止めて、同じように人物を表現しただけなのです。実際、鉤のように単純な鼻やおちょぼ口、それに縮小化された手といった、浮世絵人物像に見られる傾向は何百年も続き、時代の経過と共に進展したのはほんの少しだけでした。現代の漫画にすら、その後継者の存在を窺うことができるほどです。

これは鑑賞する側も同様で、さしたる疑問も持たずに、標準化された「見方」を受け入れているのです。一枚の絵がどれほど現実に根ざして画かれているかなどということは、ほとんどどうでも良いようなのです。実際、私たちが通常考える逆があたりまえで、独自性の強い絵師が、突然伝統を破って生き生きとした写実的な手法で画き、私達が現実に見るのに近い絵を描いたとしたら、当時の人々はそれを好しとせず、見向きもしなかったことでしょう。そのもっとも良い例は、おそらく写楽かもしれません。彼の作品は(これでもまだ、かなり均衡がくずれていますが)、絵を見てどの役者か分ったという点からすれば、写実的だったのです。

ここで、描写力の不備は気にしないとしても、この綺麗な着物の若い女性は、なぜ大そうな船を漕いで流れを下っているのか、皆さんは疑問に思われた事でしょう。でも、こんな衣装を身に付けて船を漕ぐなんてことは、まるで真に受ける必要がないのです。

繰り返しますが、この絵では写実性など、どうでもいいのです。春信の時代にこういった絵を描く時には、実際にあったことを描写しよう、などという考えはさらさらなかったからです。それよりもむしろ、私達は、絵が象徴的に暗示している何かをはっきり読み取るように見ることが大切なのです。春信はそういった謎絵を画くのが得意で、8つの生活場面を画いた「座敷八景」は、それぞれが伝統的な景色を象徴していて、この分野の傑作とされています。当時、こういった絵を鑑賞する人達は古典文学に精通していましたから、暗示を読み取ることはお手のもので、この程度ならば謎にすらならなかったことでしょう。ところが、中国の古典に疎い私には、助けが必要でした。

そこで、浮世絵を研究しているインターネットのグループに質問を投稿してみると、すぐに、アメリカの研究者から返事が返ってきたのです。彼によると、この絵は有名な「揚子江を渡る達磨」の逸話を意図している、ということでした。彼は同じ絵の別版を見せてくれたのですが、その絵では、娘の横に達磨禅師が座っているのです。私はこちらの絵を見てすぐに、この謎を解く鍵がはっきり示されていることがわかり、もっと早く気付いても良かったのにと思いました。春信は、上向きになっているへさきを大きなヒントにしていたのです。つまり、達磨が河を渡る時に乗った葉っぱの形を暗示していたわけです。今回の謎解きは落第でしたが、次回は多分、言い当ててみせますよ!

平成14年4月

デービッド