冬景色

先月の作品では、皆様をちょっと驚かせてしまったかもしれませんが、今回は平常に戻り、この集の終わりに相応しい静穏な作品です。絵師の名前はこの版画のどこにも見当たりませんが、これが安藤広重の筆であることは疑う余地のないところです。彼は、たくさんの連続物を描いているので、そのどれから取り上げたのか皆目見当がつきませんが、敢えて推測するならば、「江戸土産」からではないかと思います。ええっ?広重が英語を書いた?いいえ、そんなはずはありません...例によって、面白い裏話があるのです!

数ヶ月前、6枚目の作品に添えた文章で、明治時代の版元長谷川武次郎のことを御紹介しました。あの時は、彼が出版した復刻版を使った作品ではなかったのですが、今回はそうなっています。「刀と花の詩集」という全3册からなる、とてもきれいな長谷川版があり、その第1册目(1907年発行)を元に復刻しました。この本は、外国の市場を見込んでいましたから、当時、海外で日本といえばすぐに連想するイメージを有効に使っています。日本と聞けば決まって、「武士道とさくら」が浮かんできましたから。21世紀にもなって、日本から刀を連想するなどという事はあり得ませんが、今日でも桜が日本文化の重要な位置を占めているのは、嬉しいことです!

この絵は、「花の歌」の項目から取り上げた作品で、どの絵にも古今集からの歌を組ませています。歌は、和文字の書ではなく、御覧の通り英訳になっています。当時はまだ、日本文学に関しての研究は「産声」をあげたばかりでしたから、歌はまず日本人の学者(木村正太郎・英国文化交流機関の要職に就いていた)によって平明な英語に訳され、それから、遥かイギリスにいるシャーロット・ピーク女史によって文学的に書き換えられたのです。こうした経緯で訳された歌は、現代の私達から見ると古めかしい感がありますが、それが却って生きてくる、千年以上も昔に作られた古今集は、きっと皆様の耳に古めかしく響くことでしょうから!

冬ながら空より花の散りくるは
雲のあなたは春にやあるらむ

 清原深養父

以前書いた話の中で、長谷川氏がいかに完璧な製品を作っていたかを述べましたが、もっと近付いてこの歌の部分を見ると、その手掛りがつかめてきます。明治初期には、他にも英文の入っている木版画が作られていて、そのほとんどは英和辞書でしたが、今そういった本を見ると、英文字のぎごちなさに突き当たります。 当時の彫師達には、a, b, c のような文字をどのように彫ったものか見当もつかなかったことが明らかに見て取れ、仕上がりの見苦しい本になっているのです。長谷川氏は、このことを知っていたのでしょう、この問題を解決すべく伝統木版画の手法でも彫ることのできる英語の字体を造りました(依頼しました)。各々の文字は、彫師が納得できるような線で表現されているので、日本語の流れるような文字を彫る時と同じ様に、彫刻刀が無理なく滑っていきます。彫の仕事を続けてきている私には、それがとても良く分かるのです。昔の彫師は、自分達の彫っている文字が読めなくても、きれいで味わいのある字を彫ることができたはずです。長谷川氏は、この字体を自分で出版する製品にたくさん使い、今日私達はこの字体を「長谷川」と呼んでいます。日本の方々には英語らしく見えるかも知れませんが、... 英語を母国語とする読者から見ると、とても日本的に見える文字です。優れた解決法ではありませんか!

この穏やかな雪景色は、私達のアルバム最後の作品です。歌のように、春はきっとそこまで来ています。今年は、このアルバムに随分と広い範囲の内容を取り上げてきましたが、忙しなくて目眩を起こされることのないように ...

デービッド

平成15年2月