計算してみましたか?前回のエッセイで、最後のところに、280年手前に跳ぶと書きましたよね、... そうすると、2000年にやって来る事になります。そうです、摺物アルバムで初めて、現役作家の登場です。絵の作者はアメリカ人のGary Luedtkeさん(ゲリー・ルッケ)で、住んでいるのはハワイでなく、海から何千キロも離れたカンサス州です。絵の使用に許可が必要なのはもちろんで、私が相談を持ちかけると、気持ちよく「やってみたらいいよ」と協力的でした。
みなさんの中には、「新版画」を御存じの方もいらっしゃると思います。これは、20世紀前半にできたジャンルで、ほとんどが渡辺庄三郎という版元によるものです。彼は、日本の伝統的な版画制作方法−版元、作家、彫師、摺師が、それぞれの作業分野で協力して版画を作る−を維持しようとした人です。伝統的な浮世絵は、昔からこうして作られてきたのですが、彼の時代には、この浮世絵は廃れていました。そして、西洋の影響を強く受けた、創作版画家達は、スケッチから仕上げまでの全工程を自分でやらなくてはいけないと考えるようになっていたのです。渡辺氏は、そういった方式を好む作家がいることを知ってはいたのですが、それでは専門の職人技術が作る水準にはとうてい達しないということに気付いたのです。そして彼は、新作家と従来からの職人の力を結び付けて作られる新版画というジャンルで、見事な色彩の傑作を生み出すことに生涯を傾けたのです。
外国人は氏の生みだす新版画の最大の客で、川瀬巴水や伊藤深水は、2大スターとして世界中に知られるようになりました。渡辺氏が優れた手腕で後楯となったお陰で、このジャンルは何十年もの間盛んだったのですが、第2次世界大戦による日本と西洋の関係悪化が災いして、敢え無く衰退の一途をたどる事になったのです。平和が戻った後、彼は再興を試みたのですが、以前程の精巧はおさめられませんでした。版画に適した作品を画ける作家を新たに見い出せなかったことは、その一つの理由です。もちろん外国の人達は、その後も日本の版画を買い求め続けたのですが、ほとんどは浮世絵の類いでした。それから何年か経って円の価値が上がってしまってからは、こういった手作りの商品はさらに高価なものとなってしまい、観光客向け市場は落ち込む一方でした。そして、このジャンルは今も停滞したままです。
でも、新版画が店頭やオークションに出ると、決まってすぐに買い手がつきますし、このジャンルに関しての本はいつも人気があります。どうやら、こういった版画は今でもコレクターの気持ちをそそるようで...何ともじれったい気分です。新版画への潜在的市場は大いにあり、ここ日本では職人達がたいした仕事もなく手をこまねいている。率先してこれを取りまとめられる、洞察力のある人はいないものでしょうか?
皆さんがおっしゃりたい事は分ります....「デービッドはどう?」そう、もちろんこのことはずいぶんと考えました。作家と職人の双方に話を持ちかけて仲を取り持ったりもしました。でも、ふたつの理由でうまくいかなかったのです。まずなによりも、私にはそういった企画を進めるだけの時間がないということです。毎月の締め切りがある自分自身の版画で手一杯です。御存じですよね!けれども、もっと根本的な理由は、経済状況がこういった企画を不可能にしているらしいということです。日本がまだ発展途上国で、世界的な水準に比べて労賃が低い時代にはよかったのですが、今日では生活水準がぐんと上がって、集約的に手作業を投入する製品は、もはや採算からみて無理な模様なのです。
でも今月は、版元、彫師、摺師の仕事を、すべてひとりでこなしています。それで、差し引き勘定がうまくいって、最新の新版画がお手元に届いたという訳です!前回の祐信の墨摺絵からこのハワイの海原までは、とても大きな開きがあります。でも、日本の伝統木版画の歴史のあらゆる時代から、皆様に「美しい版画」をお届けするということこそが摺物アルバムのねらいなのです。300年昔から今日に至るまで、そして、その間のどの時代からも...
かつての、共同制作で出版される新版画は絶える運命にあるのでしょうか?私に手助けができれば、なんとか !
デービッド
平成13年12月