吉原のふたり

摺物アルバムをまだ始めたばかりの頃、第1アルバムの2枚目に、西川祐信の作品を入れました。あの時私は、この版画にかなりの変更を加えました。祐信の作品は全て、多色摺りが一般化する以前に作られていたので、墨摺りだけの原作に色を付け加えたのです。もっと綺麗な作品に仕上げたかったし、我ながらかなりうまく出来たと思っています。絵に合うような色調を決めて、もしも祐信があと何年か長生きをしていたら、きっとそうしたと思われるような作品にしました。でも、この裏には訳がありまして、収集家の方達の反応が気掛かりだったからなのです。あっさりした墨摺り絵をお送りしたら、 単純すぎるとか、面白みがないとか思われて.....。

去年、第2アルバムを計画していた頃にも、また同じ状況になりました。浮世絵初期の作品を、なんとか加えたいと望んでいたのですが、かといって色付けを続けるわけにもいかなかったのです!それで、師宣の墨摺り絵がお目見えしたという次第です。収集家の方達からの反応といえば、ほとんどなしでした。誰も不平を言わない代わり、好意的なコメントも少なかったのです。そして1年が過ぎた今、私は性懲りもなく再び墨摺り絵を加えています。

摺物アルバムでは、今まで27枚の版画を作ってきましたが、そのどれも、福井県岩立町に住む岩野市兵衛さんの和紙を使っています。岩野さんは、越前奉書という和紙を作っておられて、奉書という名の示す通り、とても上質な和紙です。歴史的にも、浮世絵の全盛期に、歌磨呂や広重、北斎などの作品のほとんどが、この奉書で作られています。摺師にとってこの紙のおもな長所は、繰り返し力が加わってもそれに耐えるために、たくさんの色を重ねられるということです。でも、色摺りがない初期のころには、このタイプの和紙を版画に使うということは、まだ一般的ではありませんでした。奉書がどんなに素晴らしくても、ただ単に、この種の絵には合わないからです。このことは、昨年に師宣の作品を手掛けて、つくづく感じましたから、....  

こんな訳で、今回は、墨摺絵に適した紙をいろいろと捜してみました。そして選んだ紙は、楮で作られている奉書ではなく、三椏で作られた紙です。この紙は、多色摺りには適しませんが、このようにあっさりとして、しつこさのない絵には相応しいのです。この紙を使ったことで、岩野さんが気を悪くなさらないといいのですが...。彼の事を諦めてしまった訳ではなく、美しい奉書は、これからも、私の作品を支える基礎となるのですから。

浮世絵に関して書かれた英語の本には、たいてい、初期の版画は幼稚であると書かれています。でも私は、そういった言葉を使うのは、大きな間違いだと思うのです。なぜなら、そういった版画は、とてもそんなものではないらです。後期の、色で埋め尽くされた作品に比べると、初期の作品はもちろん単純です。でも、その単純さ故に、基本要素となる美しく流れる線が、くっきりと見えてくるのです。実際の布は、浮世絵版画、なかでも初期の作品、に見られるほど美しい流れを見せたりはしません。このような版画は、彫っていても楽しいもので、鋭い彫刻刀は絵師の筆で画かれた線に沿って、版木の表面を滑らかにすべっていきます。できた線は隠れ場がなく、彫る手の微妙な筋肉の動きもすべて、版画の中に見て取れます。めりはりのある墨線が紙の上をさっと流れる、これこそが、日本の木版画のもっとも根幹をなすところで、実際のところ、後になって色彩が導入されたことを、「道を踏み誤った」と考える人がたくさんいるほどです。

私の感じている美しさを、皆様にも分っていただけると良いと思っておりますが、アルバムひとつに1枚で十分ですね。来月は、これとは丸きり違った作品となります。1720年代から、一気に280年も手前に跳びます。その版画を摺る為には、岩野さんの奉書が耐える強さを目一杯必要とするのです....

デービッド

平成13年12月