千社札

どうやら私は、簡単に「きまり」を作ってしまうようですね。アルバムの5枚目の作品は、予想していた方も多いでしょうが 、 例によって扇の類いです。生活のどこかに継続性や安定性を求める性質が、生まれながらにあるようです!

とは言っても、「継続性」という点では簡単にそうとは言い切れないようです。版画家として生計をたてるようになって、もう12年以上になりますが、この作品は、その間に収集家の方達に送り続けてきた124枚の、どの作品とも大きく異なっているからです。今回の作品は、昔の版画の復刻ではなく、私自身が構成したものです。「構成した」という表現が、ぴったり!基本的原案は私自身が決めて、畳の上に置いた扇の形全体を自分で描きましたが、扇の中にある7枚の絵は昔の千社札からとったものです。千社札というのは、もともとは白黒のもので、皆さんも神社やお寺の柱などにたくさん貼付けてあるのを見られたことがあると思います。これが、明治時代になると、ちょっとした趣味の領域になり、愛好者達が原案を考えて、それを製作者に依頼して作り、互いに交換し合うようになったのです。

こうして、おびただしい枚数の千社札が、あらゆる摺りの技法を駆使して作られました (現在も作られ続けています) 。素晴らしいコレクションがたくさんあって、たまに古本屋に流されていくような作品があれば、現代の蒐集家達はすぐに飛びつきます。

そんな蒐集家のひとりに、私の作品も集めておられる、武蔵野市にお住まいの土井利一氏がおられます。私は今年の始めに彼のお宅に出かけて、所蔵の作品を拝見させて頂きました。集められた千社札の何枚かを、私の摺物アルバムに使わせて頂けると良いと思っていたからです (その時すでに、この作品についての原案がありました) 。幸い、彼は私のアイデアに興味を示し、とても好意的でした。

そこにある7枚の絵の内6枚が、彼の所蔵品からとなっています。

  1. 東海道五十三次、吉田の宿
  2. 家紋をまとった市川団十郎
  3. 月夜の桜
  4. 目黒の柿(江戸名所花暦より)
  5. 旅の瞽女(私が所有する小さな版画より)
  6. 土井氏の題名札
  7. 燕と富士

土井氏は、明治時代の版画だけでなく、最近の作品も集められています。彼を含む交換会の人達は、頻繁に新しい札を依頼して作っているとのこと。これを聞いて、嬉しい事と思いはしたものの、その一方で、ちょっと寂しくも感じたのです。千社札は現代まで生き延びているのに、摺物はどうして絶えてしまったのでしょうか?もちろん最大の原因は、歌の流行の移ろいと共に、最も多くの摺物を依頼してきた狂歌仲間が消滅してしまったからです。それに比べると、千社札は図柄に何を持ってきてもいいという柔軟性があります。

それにしても、この平成の世に「摺物」を復活することができたなら、どんなにか素晴らしいことでしょう。下町には、彫師や摺師が仕事場で待ち構えているのです。歌や書の集まり、それに画の会も日本全国にあります。自分達の作品を収める美しい摺物を新たに創っていくのは、とても楽しいことなのに.....。

数年前に皇居での歌会始めに参列した時、こんなことを考えていました。この美しい和歌の数々をテーマに、毎年摺物を作っていったら、どんなにか素晴らしいことだろうか、と。でも、ほんの末席を許された参列者がそのような提案を申し出ることなど、論外なことでした。

摺物が復活するか否か、そんな予測はできませんが、「甦らせる」試みは続けていくつもりです。「摺物アルバム」に選ばれるのは、ほとんどが昔の美しい版画の復刻ですが、時々は(ほんの時々です、約束します!)今回のように新しい作品も入ることになるでしょう。

今、こんな思いがよぎりました。みなさんが、今こうして御覧になっておられるような版画は、もう百年以上も作られてきていません!次が出るのは、もう百年後になるのでしょうか?さあ、どうなることでしょう!

デービッド