白鷺と菖蒲

先月の作品がちょっと横広になって、アルバム内での収まりが悪くなったところ、今回はなんと縦に長過ぎる絵です!アルバムの寸法については、摺物シリーズを開始する時点で、じっくり時間をかけて検討しました。作品に横形と縦形の両方があることは、分かっていましたから、アルバム事体を正方形にするということは、はっきり決めていたのです。縦長であれ横長であれ、長方形にすると、作品によっては横に倒して入れざる終えなくなるので、そのようなことは絶対にないようにと考えていましたから。そして結局、LPレコードの大きさ(こんなもの、まだ覚えておいでの方がおられるか?)に決定したのです。これはとても都合の良い大きさでした。色紙版という最も基本形(今年の最初の形がそれです)の場合も、縦と横がほぼ黄金比となっている場合も(日本の本は、ほとんどがこの形です)、とてもしっくり収まります。ところが、前回や今回のように、縦と横のバランスが大きく一方向に片寄ってしまうと、なんとも落ち着きの悪いことになってしまうのです。

私は、面白みのある作品を作っていきたいので、惹き付ける要素があれば、形がどうあれ製作して行くつもりです。ですから当然、このアルバムに大きすぎる原作であれば、縮小することになります。今回もその例で、広重が描いたこの絵は、丈がおよそ38センチだったものを23センチに縮めています。この作品を額に入れて壁に掛ける場合は、ひと目見た時の印象が薄くなるかもしれませが、手に取ったりアルバムを繰って御覧になられる場合は、かえって、この大きさの方が身近に感じられます。私が木版画を楽しむ際には、もちろん後者の見方ですが。

この作品には「ぼかし」がたくさんあるので、摺りの作業をしながら、かつて「百人一首シリーズ」をしていた頃の事を思いだしました。あの作品は、ぼかしの技術がまだできたばかりの1770年代にできたものなので、原作にはぼかしがひとつもなかったのです。ですから、忠実な復刻という基本方針をちょっとばかり違えて、何枚かの絵にぼかしを加えました。それでも全般的に見れば、当時のシリーズが続いた10年間、ぼかしの練習ができるような機会は、ほとんどなかったのです。でもこの摺物アルバムでは、ぼかしがたっぷり使われた作品に次々と取り組んでいるのです!

木版画にぼかしを入れるというのは、かなり単純な作業です。まず、色が薄くなるところを湿らせ、濃くなるところに顔料を置きます。それから、ぼかし効果のでるところを、刷毛ですべらせていくだけです。難しいところは、どれも結果が同じ仕上がりとなるように摺る、ということです。創作版画家達にとって、これは気にもならない事のようですが、伝統的な摺師達にとっては、必須の技術なのです。試し摺りの段階ならば、いろいろなぼかし具合を実験的に試みても構わないのですが、最良の状態がひとたび決まると、どんなズレも許されません。では、どの作品も同じになるように摺るのは、なぜ難しいのでしょうか?それは、作業を進めているうちに、刷毛の一端に付いている顔料が、付いて欲しくない所に染み込んでいってしまうため、ぼかしの幅がだんだん広がっていくからなのです。作業を中断して刷毛を洗えば、その次から摺る絵は、ぼかし幅が狭くなりがちです。これは、真直ぐな道を車で運転する時に、ハンドルをほんの少し動かすだけで、車体が左右に振れるのに似ています。何年か前の私のぼかしは、ちょうど初心者の運転する車が、道路を右へ左へとふらふらするように不揃いでした。最近はもっと調整力がついてきましたが、それでもまだ、完全にまっすぐ運転するようにはいきません。いつか皆さんが私の仕事場に来て、広げて乾かしている200枚の版画を御覧になったら、まだ誤差のあることが分かってしまうかも...

これは、ちょっとした逆説になります。創造性を要する仕事をしながら、なおかつ、ロボットのように無心になって作業をし、寸分の狂いもない絵を次々と作ろうとするのですから。してみると、強情者にも取りえはあるもの ..... 時には!

平成13年7月

デービッド