冬景色

このアルバムは葛飾北斎の作品を加えずに終わらせることができるのか、と思われましたか。そうはいかないようです。自分がどんな題材や雰囲気の絵を求めているのか、それがはっきりしている時には、どんなものであれ、北斎の本を調べればほとんどいつも思い通りの作品を見つけられるのですから!

これは「北斎画譜」からの作品で、1849年に名古屋で出版されたものです。北斎の絵本で出来の良いものを見つけるのはなかなか難しいことです。東海道五十三次がそうであったように、これも当時はとても人気があったので、見つけること事体はむずかしくないのですが、状態の良いものとなると、話は違ってくるのです。人気のある作品だと再版を繰り返したものですから、版木がひどく磨り減ってしまってからも使われ続けたということが原因です。江戸時代のお客さんはあまり質に関してうるさくなかったようで、当時の版元はこれを良いことに、版木の表面に絵の形が見えさえすれば構わないといった態度で、どんどん大量に作りました。ですから、当時人気のあった版画はきまって質が悪く、人気がなくてあまり売れなかった版画はまず間違いなく良いものである、といった逆説的な状況になったのです。

言うまでもないことですが、北斎はいつの時代でも人気があり、そのお陰で、今日ある彼の作品は、それが冊子でも個々の版画となっていても、摺りの状態が悪いものばかりで、ちっとも楽しめないのです。ところが数年前、あるイタリアの本屋から、綺麗な摺りで保存状態もよく私の気に入りそうなものが手に入ったとの知らせがあったのです。図星でした!ちょっと高かったのですが、「摺物アルバム」の素材として良いものが得られそうでした。そうして、ここに....

私には、ここにある絵本が、2002年という現代に至ってもなお魅力を持ち続けている理由がわかる気がします。はるか昔の、遠い過去の時代に画かれたという面白さがありますから。でも1849年当時、最初にこの作品を見た名古屋の人達は、こういった本をどのように受け止めたのでしょうか。絵から昔を懐かしむなどということは、もちろんありえなかったはずですし。答えを求めるには、今日の私達の生活と当時の彼等の暮らしの主な違いについて考えなければなりません。現代に生きる私達は、新聞、テレビ、雑誌、映画、本、壁にかけられた絵、などなど、映像や画像に一日中囲まれて暮しています。皆さんも私も、誰もが、文字どおり幾百という「像」を毎日見ているのです。でも昔の人達は、こんな絵の「パレード」を常に目の当たりにするような暮しはしていませんでした。実際のところ、当時の人達が人工的に作られた画像を見るのは珍しい事だったのです。ですから私には、こういった北斎の絵が、当時の人々の気持ちを絵の中の情景に誘い込むことができたということがよくわかるのです。ちょうど、現代の私達が映画を見てその映像の中に引き込まれていくようにです。映画を見ている間は現実がどこかに消えて、私達は映像の中で描写される世界の一部となりますから。その感情がどんなに強いものであったのかは想像がつきませんが、当時のこういった本の人気から判断して、かなりのものであったことがうかがえます。

当然の事ながら、こういった感覚を捉えることは、もう私達にはできません。洞穴のなかに1年くらい閉じこもって、映像の洪水からのがれでもすれば、別ですが。きっとそういった時にだけ、この絵を本来あるべき状態で見る事ができるのでしょう... 視線が左下の隅にある小道に行きます。一歩一歩導かれて村をジグザグに進んで行き、田舎道を通り抜けていきます。そして最後には、背景にある富士山の見えない頂上に辿り着くのです。

上に墨を散らばせたにすぎない、ただの紙。それが、別世界への入り口となるのです。1849年の人達には、それが可能でした。皆さんも、この絵の世界に誘い込まれるといいのですが!

デービッド

平成14年1月