仙女

先月お伝えしましたように、今月は静かな作品です。日本で多色摺りの技術が確立された時代から、少なくとも半世紀は遡ります。今回は1689年に出版された「異形仙人つくし」という本の頁からの作品で、絵は菱川師宣の作です。おそらく中国か韓国の話の一場面でしょう、物語は頁ごとに完結しています。

この作品で文字のところを彫るのは、とても快適な数日間でした。こんなに時間がかかったなんて言ってはいけないですね、昔の彫師ならずっと早く仕上げたことでしょうから。古い本で、それも絵のないたぐいのものに、小さくて書きなぐったような文字ばかりの頁が続くものがありますが、それを見ると、当時の彫師達の忍耐力に圧倒されます。あんな面白くもない繰り返しに、どうやって興味を繋いでおけたのでしょうか。でも、「興味」なんてどうでもいいことですね、彼等にとっては単純に仕事だったのですから。文字だけのページを何百枚も彫るとしたら、私などぞっとしちゃうでしょうが、これはいちページだけでしたから負担とはならずに楽しむことができました。先月の岳亭の作品は角ばった行書でしたが、こちらはきれいな草書ですから、彫っていて心地良い気分でした。

この作品で文字のところを彫るのは、とても快適な数日間でした。こんなに時間がかかったなんて言この作品では、製作中にとても重要なことに気付いて、昔の職人に対する認識を改めることになりした。今まで、色摺りができる以前の初期の版画というのは、あまり洗練されていないものと思っていたのです。これは、作品を彫った職人の腕がまだ拙かったからだと思っていました。当時の彫師全体の技術がまだ未熟で、その後の作品にみられる水準にまでは達していなかったのだと考えていたのです。彫りの技術の向上がみられるのは江戸初期から明治の終わりにかけてですから、おしなべてみればこの考えは正しいのです。でも今回わかったことに、師宣の時代---浮世絵の発祥の頃と考えられている---の職人は、私が思っていたほど不器用ではありませんでした。

この作品で文字のところを彫るのは、とても快適な数日間でした。こんなに時間がかかったなんて言この絵の中で、机の上にある皿や壷の形は大まかです。私はこれを「なんて下手なんだろう、もうちょっとましな彫り方ができなかったんだろうか」と思っていました。でも、文字のところにくると、とてつもなく細かなひねりや曲がりなどがありますから、この初期の時代すでに、彫師達はどんな物でも自由自在に彫ることができていたのだ、ということがわかったのです。とてもきれいな彫りです。絵に洗練さが欠けているのなら、それはこの絵を書いた作家に聞いてみなくては、と私は思います!

この作品で文字のところを彫るのは、とても快適な数日間でした。こんなに時間がかかったなんて言こういったことはすべて、私にとっては継続していく「勉強」... 続く来月はかなり違った筋で、今度は250年以上も後へ跳んで20世紀の半ばに行きます。今まで試したことのない種類の版画で....

平成12年12月

デービッド