宗之の家来、虎を射る

 昨年からこの「摺物アルバム」をお集めの方は御存じと思いますが、毎回のエッセイの中で、静かな雰囲気の作品が多いということを書いたことがあります。その時私は、もう少し派手で動きのある絵を入れるかも知れないと書き添えました。で、これはいかがでしょうか?これは八島岳亭の作品で、初めて見た時には歌舞伎のいち場面かと思いましたが、実際はもっと古い宇治拾遺物語に題材を得たものでした。昔、宗之という武士の家来がちょっとした事件がもとで、主君の怒りを買い、打ち首を恐れて新羅の国に逃亡しました。彼は新羅の国で暮らしていたのですが、ある時、町人を悩ませていた虎を征伐して一躍有名になります。日本に戻った後、この勇気ある行いのお陰で以前の主君に罪を許されたというお話です。

生きた虎を、岳亭が見ているかどうかは疑わしいところです。最初にこの絵を見た時には虎が二匹いるのかと思いましたから --- 前に一匹、そして木の後ろにもう一匹です。おそらく、型破りな描き方で誇張してみたのでしょうが。

岳亭には、この宇治拾遺物語を題材とした一連の作品があるので、これからの「摺物アルバム」にいくつか加えていくつもりです。このシリーズの作品は、その特徴として、浮き出し模様のある厚紙の上に版画と歌の書かれた紙を並べて置いたように割り付けをしていますが、私はこれがとても気に入っています。縁の繰り返し模様は、文という字を円く繋げた図案と花とでできています。

高魔くにの虎てふものもうらやまん、春立竹の千里同風
 文窓竹雅
虎の皮しきものにしてかさらする、弓矢になひく春そ静けき
 文々舎

先月の版画が、アメリカから取り寄せた資料を元に復刻したことはすでにお伝えしましたが、今月の作品も同じような経緯を辿っています。複製したのは、カンサス大学のスペンサー美術館にある版画です。そこの学芸員の好意によってこの版画を復刻する許可とカラースライドの提供を得ることができました。私は、まるで同じ原物の写真を載せた本を持っていますが、面白いことにふたつの写真の色調がとても違うのです。違った照明の下で撮影されたのかもしれません。ですから、小さな写真を手がかりとして作品を作るということは、決して良い製作条件とは言えないのです。江戸時代の摺物は緻密にできているため、写真では捉えきれない細かなところがありますから、原物を手許に置いて仕事ができないのはとても不利です。でも、こればかりはどうしようもないことです。本物のある外国の美術館まで毎月出向き、細かな所までくまなく調べるなどということはできませんから。きっといつの日か、私の腕が申し分のない水準にまで上がったら、立場が逆になるかもしれません。つまり、美術館や本物を持っている人に頼み込んで見せてもらうのは私の方でなく、彼等の方から、私のアルバムに加えて欲しいと私のところに版画を携えて来るように... まったくの夢ですが...

今月の版画は間違いなく、私が今まで作った版画の中で、技術的に最高のものです。墨版では、武者の頭と歌の部分の2箇所に黄楊の木片を埋め込みました。黄楊は桜よりずうっと木質が密ですから、極く細かな線でも彫れるのです。また、今までよりも多くの版木を使いましたから、どの部分にもズレの出ないよう、極めて正確に見当をあてなければなりませんでした。それと、武者の着物などに使った金属粉は、普通の顔料を用いるよりも遥かに難しく時間が掛かりました。でも、出来上りを見ればそれだけの価値はあるものと....

皆様も満足してくださると良いと思う一方、ここで予めお願いしておきますが、包みを開ける度に、こういった作品を期待されても、毎月はちょっと無理ですよ!(来月はずうっと控えめな作品で.....また暫くの間、落ち着いた雰囲気に戻ることになります.....)

平成12年10月

デービッド