小雀

江戸時代や明治時代の木版画は、すべて毛筆の原画をもとに作られていますが、それは2つの系統に分けられます。もっとも一般的なのは、その絵から版下が作られることを考慮しながら描くという方法です。絵師は、自分の筆の線が、彫られた線に置き換えられることを知っていますから、そのことを意識しながら描いていきます。大多数の浮世絵版画はこのようにしてできました。

もうひとつは、すでにある絵を版画にするやり方です。絵師は、版画のことなど考えていませんから、版画にしたら筆の流れがどのようになるか、などということは気にしていません。ですから、そういった絵を版画にする時には、彫師がとても苦労をします。

クラシック音楽にも良く似たことがありますから、その例を使って説明すると、この2種類の版画の違いが分かりやすいでしょう。よくあることですが、本来はピアノの為に作曲された曲を、後になってオーケストラ用に編曲するという場合です。曲そのものは同じですが、表現方法が変わるので、様々な幅をもった音色が加って、曲が完全に新しく生まれ変わります。そして実際、音楽の世界では、このように後から手を加えた曲の方が原曲よりも有名になる例がたくさん知られています。

今月皆さんが手にされている版画は、「編曲」された版画にあたります。もとになった毛筆画は柴田是真の描いたもので、後に「柴田是真画譜」という本として出版されました。おそらく1880年代と思われます。(もちろん私は、版画になった方を復刻していて、原画となった毛筆画は見たことがありません。)版画になった絵はその原画よりも優れているかどうか、などという事はどうでもいいことです。私は、この版画を彫る時も摺る時も、筆の持つ即時性や偶然性を捕らえようと努力しました。ただ忠実に同じものを作ろうとはしませんでした。出来上がってみると、これ事体なかなか良い作品だと思います...それだけではなく、毛筆画としての存在は一枚だけなのに、こうしてひとたび版画になれば、たくさんの人が楽しめるのです...

是真は奇抜な絵を描いたことで有名です。絵をかどの方にまとめてしまい、あとは空白のままにしたり、絵の中の大切な要素を完全に取り除いてしまったり。またこの絵のように、部分を歪めたり切り取ったりするので、最初に見た時には一体何の絵なのか当惑してしまいます。でも、ほんのちょっとたてば見分けがついてきて、屋根瓦が合わさっていて、その下に竹でできた雨樋があること、雀の巣がその隙間に押し込まれたようにあることも分かってきます。

この絵はハワイのホノルル美術館の好意で復刻することができました。そこの所蔵品のカラースライドを提供してくれたからです。ここ数年、版画を所蔵している様々な所に問い合わせても、協力を得ることがなかなか難しかったかったものですから、この好意にはとても感謝しました。これからもこの「摺物アルバム」に、この美術館所蔵の版画を復刻できるといいと思っております。といいますのは、ここにある収集品にはちょっとした縁を感じるからなのです。実は、この美術館にある版画のかなりが、今は亡きアメリカの作家、ジェームス・ミッチェナーの寄贈によるのです。彼は、私の「百人一首シリーズ」の精神面での後援者で、シリーズをはじめた頃の私を勇気づけ、協力まで申し出てくれました。ホノルルにある是真の版画はミッチェナーが寄贈したものではありませんが、そこの職員が私に使用を許可しようと判断したことには、きっと賛成してくれるものと思います。そのうち、もっと多くの学芸員たちが、このように美術館の所蔵品を、私に提供してくれるようになると良いと思っています。なぜって、私は、保存されている絵に今いちど光りを当てるという素晴らしい仕事をしていると思うからです...

平成12年9月

デービッド