永代橋雨の夕暮

このような団扇絵は「摺物アルバム」の中に毎年加わるようになるのでしょうか?さあ、それは私にもまだ分かりませんが、この絵を見た時にはすぐに、今年のアルバムに加えようと思いました。作者は安藤広重で、隅田川にかかる大きな永代橋は「江都(こうと)名所」のひとつにもなっています。

この絵を写生をしたのは、正確に1852年2月25日と記録されています。彼が書いた旅日記の書き写しが保存されていて、その中に、船で木更津に旅をした時のことが書かれているからです。この日の夕方に江戸橋を出発し、河口付近にだんだん近付いて東京湾に出ようという時、永代橋のところで風が凪いでしまったのです。その場で風待ちのまま雨の夜を過し、翌朝再び出てきた風にのって旅を続けることができました。(木更津に着いた時は夕方になっていました)広重は、停泊中の船の中での待ち時間を写生にあてたのでしょう、後に版元の團扇堂が扇の絵を注文した時に、その中のひとつがこの作品となったようです。

橋の海側に、高い帆柱を付けた船がたくさん停泊しています。こういった船は橋の下をくぐることができないために、この永代橋に来ると船荷をすべて降ろして小さな船に積み換えました。右の方に見える櫓漕ぎの船がそれです。このように、彼は現実をありのままに描いているのですが、一体この絵のどこまでが本当なのでしょうか。ここに見える3艘の船は、広重が川を見ながら写生をしている時、実際に通り過ぎたのでしょうか。それとも、これは想像で、江戸の風物として彼が見知っている場面として加えたものでしょうか。私達には知る由もありませんが、私は、彼の目がカメラのように捕らえたその夜の情景を記録したものと信じたい思いです。そこに見えるのは実在した人達で、1日の仕事を終えたら家に帰り、雨から解放されて熱いお風呂に入るのを心待ちにしていたのだと。もちろん、この人達は、風待ちで停泊している船の脇を通り過ぎながら、自分達が広重の筆に捕らえられているなんて気にもしなかったでしょうし、150年もの後世に復刻までされて、世界中に送り出されるなんて.....思いも及ばない遥か遠くに.... 

広重の「雨」は、一度は制作してみたいと機会を待っていました。霧、雨、雪をあつかった彼の作品は中でも大変魅力がありますから。でも、こういったテーマのかもし出す雰囲気を木版画に表現するなどということは、彼以前の絵師には考えられないことでした。ここにあるような絵は、当時の人々にとって革命的な衝撃だったに違いありません。それまでの手法に固執する人達はこれを、「浮世絵の終わりがやってきた」、木版画は本来が平面的なことを特徴としているのに、それに不向きな写実手法に移行している、と思ったのです。でも、こんな考察はその道の専門家に任せましょう。こういった作品は、見て作るだけでも、まだまだたくさん楽しみがあるのですから。

これは今年のアルバムの5作目で、昨年の同じ時に「作品が5枚目なのに、今はもう8月です!...年末には追い込みがきつくなりそうです。」と書きましたが、実際その通り、10枚目の作品が仕上がった時には1月に入っていました。現在予定している残りの5作品は前半の作品と負けず劣らず複雑なので、今年もどうやら同じような運びになりそうです。

平成12年8月

デービッド