荘子の夢

 今月も、葛飾北斎が描いた「北斎写真画譜」からの絵で、これは見開きページになっていました。この本の初版は1814年で、どうしてかなあと思うのですが、15枚の絵にはなんの説明もないし、本の主題といったものもないようなのです。絵の題材としては、風景や、仏像があるかと思えば、動植物誌や人の瞬間の動きを捉えた描写もあり、といった具合で、出版された当時には一体どのような反響があったものか、また、どういった読者に向けて書かれた物なのか、さっぱりわからないのです。今の時代、ちょっとでもこれに似通ったような本は、どこの本屋に行ってもありませんから。なんの脈絡もないまるで違う類いの15枚の絵が、なんの解説もなく収められているのです。絵の指南書とは思えないし、考えられるとすれば、絵そのものを楽しむ人達が購入したのでしょうか、--- まるで「摺物アルバム」みたいです!

この絵を最初に見た時、私には何を暗示しているのか分からなかったのですが、考えているうちに荘子の詩が浮かんできたのです。たしか... 蝶の飛び舞う姿を夢見ごこちで眺めているうちにふと我に返って、自分は本当は蝶で人間になった夢を見ていて、その人間は蝶になった夢をみていて、とかなんとか... とにかく、このお話は御存じですよね。そこで、どうしてもわからないのが、絵の右端にある小さな入れ物で、羽がひとつちょこんと置かれていますよね。この謎が解けた方は、どうか御一報ください。

他にもうひとつ、この作品の特徴をお話しますと、ほぼ「カナダ製」だということです。6月の初めに、この絵の墨版を日本で彫ってから、版木や和紙その他の道具を持って、すぐに3週間の予定でカナダに発ったからです。今回は仕事を兼ねた休暇で、前半をのんびり観光にあて、残りを木版画のワークショップの一隅でいつもの仕事を公開するという形をとりました。ワークショップの生徒達は各々の課題で忙しかったのですが、合間を見てはちょこちょこと私の仕事を覗きにやってきました。本職の日本伝統木版画師の仕事を実際に見るのは、ほとんどの生徒にとって初めての事です。彼らの姿は、20年前に好奇心に燃えて生の工程を見たくてたまらなかった当時の自分そのものでした。

ワークショップの生徒達は、目の前で版画のでき上がる過程を見るという、またとない好機に恵まれたわけで、これは彼らの何年間にもわたる試行錯誤に匹敵するほどの価値があったのです。私自身は日本に住んでいますから、経験を積んだ職人の仕事を見る機会はいくらでもありますが、海外に住む彼らが日本にやってくるのはなかなか大変なことです。ところが今回は、日本が彼らの方に移動してきたわけです。生徒達は私の仕事ぶりを観察しては質問をしたりメモをとったりしていましたから、きっとこれからの作品に上達が見られる事と思います。彼らは、私のように日本の伝統版画を復刻しているのではなく、独自のデザインを元になかなか面白い版画を作っています。

こうして一週間が終わる頃には私自身の作品もできあがりましたから、それを乾燥をさせた後に丁寧に包装をして日本に持ち帰ってきました。ですから、この作品はすでにかなりの旅をしています。作り始めが日本、完成はカナダ、再び日本に戻ってきてから包装、そこでやっと皆様の元に送られて行くわけです。(一部は再び海外に出ていきます!)そして今私は、コンピューターに向かってこの話を書きながら、こんなことを考えています。  私はほんとうに、今日本にいるのだろうか、それとも、まだカナダで眠っていて日本に戻った夢をみているのだろうか!

平成12年6月

デービッド