牡丹と雀

今年3枚目の作品は、もう一枚、多作家であった磯田湖龍斎の自然をテーマとした絵です。「もう一枚」と言いますのは、去年の「摺物アルバム」で最後の作品に彼の絵を復刻したのが、ほんの数カ月前のことだからです。今月の版画は、明和(1770年前後)の頃に作られました。これは八枚ひと組となっている作品の一枚で、漢詩にあまり親しみのない方のためにちょっと説明を加えてみることにしましょう。

主題に「見立草木八景」とあり、江戸時代の人ならすぐに、もじり詩文(パロディー)だということがわかったようです。なぜなら「見立」とは「もじり」ということで、この場合は中国から伝わった八つの漢詩をもじって作品を作っているのです。この一連の漢詩は、当時の知識人の間ではとても馴染み深いもので、中国の八景勝の詩的情景を読んでいます。夜雨、秋月、煙寺晩鐘、などなど。その中のひとつで、ある有名な山に積もる暮方の雪について読んだ詩があり、そこからのひらめきを、湖龍斎が絵にしたものがこの作品になったと思われます。彼は詩の内容をそのまま絵にせず、実際の山の代りに白い牡丹の花が大きく咲いた様子を描くことによって、謎解きの鍵としています。絵を見た人がそれでもわからない時のため、副題に「白牡丹暮雪」と添えてあります。

今年の摺物アルバムに採用する絵を集めていた時、この絵に注目したのには二つの理由があります。私は「空摺り」と聞いたらもう飛びつく質で、この絵にはひと目で魅力を感じたのですが、その他にも引きつけられる理由があったのです。それは、今日「ねずみ版」として知られている技法を用いた初期の作品だったからです。この版画の製作に関わった絵師、あるいは彫師か摺師か分かりませんが、その誰かが、使う色合いに変化をつけるために色版を一枚追加するという案を出したのでしょう。緑色の中に深味がかった色合いの出ているところがあるのは、薄いねずみ色を上から重ねているからで、手前の石の数カ所にもその効果が見られます。

色調を増やすために明暗版(tone block)を使うという版画手法は、当時のヨーロッパではとてもよく使われていました。チアロスクロー(明暗法)と呼ばれてれています。こういった版画は、日本に色摺りの版画が紹介されるずうっと以前からあったので、日本の絵師たちがヨーロッパ(あるいは中国)のこういった色摺りの作品を見て、版画に色を使うことを思い立った可能性はおおいにあると思います。

でも、江戸時代の版画製作者たちは、こうした外国の色摺り版画に触発されながらも、これとは違った色の使い道を選びました。日本の絵師達は、この絵のように「ねずみ版」で色を調整することを拒み、「平板」なまま色を用いることにしたのです。私の手持ちの文献で随分と捜してみましたが、この「ねずみ版」を用いた江戸時代の版画はほとんど見当たりません。一枚の版木を追加するだけで、使われているいくつもの色に色調を追加できるこの技術は、日本では20世紀に入ってから広く使われるようになりました。川瀬巴水や吉田博などの絵が「新版画」として登場するようになった頃で、ねずみ版を用いてすばらしい深みと奥行きを感じさせる作品を作りだしています。

日本の浮世絵が西洋の芸術に強い影響を与えた事はよく知られていますが、逆にあまり知られていないのが、浮世絵そのものはどの程度西洋から影響を受けたかということです....。影響というのは、巡り巡るもので、ある国がよそから学んではそこに自国文化の特徴を加えるという風に、国から国へと行きつ戻りつしたのです。

そんなわけですから、こんなことも、さして妙ではありませんよね。西暦2000年にあるイギリス人が、東京の仕事部屋で胡座をかきながら、ねずみ版を使って湖龍斎の版画を摺っていても...

平成12年5月

デービッド