小舟の女達

 御覧になって気付かれましたか。「摺物アルバム」の10枚は違う作者の絵にしようと自分で決めていたのに、この「取り決め」を破ってしまいました。これは一番最初と同じ葛飾北斎の作品です。北斎は外国でとても人気がありますから、国外のコレクターは却って喜ぶでしょうが、日本の皆さんも同じように受け止めて下さるかどうかは自信がありません。

では、どうしてまた北斎になってしまったのでしょうか。それは、この絵がこの季節にぴったりだからです。ここに一冊のファイルがあって、そこにはこのアルバムに使えそうな作品に関する考えや思いつきを、たっぷり集めてあります。でも、実際の季節に合わせるのが難しくなってしまったのです。江戸時代にできた「摺物」は、ほとんどが新年用に作られているので、正月に特有の題材を扱ったものが大半を占めます。まさか、そういった絵を夏や秋にお送りする訳にはいかないですから!今回は皆さんのお手元に届くのが年末ですから、寒い季節に相応しい絵が必要で、この絵をファイルの中に見つけた時には「これだ!ぴったりだ!」と思ったのです。

でも、彫っている間にちょっと気になることが出てきました。背景の木が新年につきものの梅なのです。でも、さらによく見てみると枝には蕾がまるでありませんから、きっと12月頃でしょう。

この版画のことでもうひとつ大切なことは、これが北斎の描いたそのままの復刻だということです。もうすでに御存じのように、このアルバムで手掛けている作品の多くは改作であって、完全な復刻ではありません。たとえば2回目にお送りした祐信の作品などは、墨摺絵だった原画に私が色を付けています。そして夏に製作した団扇の絵は墨絵を元にした改作です。でも、今皆さんが手にされているこの作品は、原画とまったく同じに作られています。ただ、歌も付いていないし題もなく、この絵にまつわる話もないので、この絵についての説明ができません。北斎の著明すらも見当たらないので、彼の門下生の誰かが描いた可能性もあるので、正確には「北斎門下生」作とするべきかもしれないのです。でも、私としてはまずそんなことはないと思います。彼の門下生の作品はたくさんあって、その中にはこれほど優れた作品はまず見当たらないからです。

今までやってきて、復刻と改作の間には大きな違いがあることを実感しまます。改作の場合は当然、別の色を使ったりしてもかまわないわけです。たとえば器の中に顔料を溶いている時など、作りたいと思っている色調や明度と違っても、それが良いと思えば使っていいのです。ところが、復刻の場合はそんなことは許されません。色は数百年前にすでに決められているので、摺師としての私は、そこにある色を色調までも同じに再生しなくてはならないのです。これはなかなか大変な作業です。現在手に入る材料が江戸時代のものと大きく違うということもありますが、よしんば手に入ったとしても、それでも難しい仕事です。ところが、それができなくては摺師とは言えません。目の前にある手本を見たら、手持ちの道具と材料で再現するのです。

ここで正直にいうと、これは完全な意味での復刻とはちょっと言い難いのです。この版画を作るために用いた原画は、ロンドンにあるヴィクトリア・アルバート美術館所蔵のものですが、(ここはとても協力的で、この版画の拡大写真を提供してくれました)残念なことに版画の状態が完全ではありませんでした。紙に擦れ切れている箇所があり、輪郭を描いた線が欠落しているのです。版下の準備をした時には、北斎の筆がこの欠けた部分ではどのように動いたのか、想像しながら補っていかなければなりませんでした。

それがどの部分か、それはお教えしません。作品を鑑賞しながら、北斎の線はどれで、デービッドが描き足したのはどこかを捜してみてください。きっと面白いと思いますよ!

平成11年12月

デービッド