猿とカニ

 この雅趣のある絵は、歌川豊広の筆というのが定説になっています。私は落款のないものしか見た事がありませんが、印章のついた版もあるとのことですし、この上品な雰囲気は彼の絵の特徴でもあります。豊広は、浮世絵の歴史を語る時に直ぐ思い浮ぶ名前ではありませんが、彼の作品よりもその筆を飛び越えたところで広く浮世絵に影響を及ぼした絵師なのです。というのは、1811年に安藤徳太郎という14歳の少年を弟子としたのですが、この少年の希有な才能を認めて熱心に指導し、後に広重として知られることになった人物を育てているからです。

この絵は「赤とんぼ」の直ぐ後に製作する予定ではなく、このアルバムのもっと早い時期に入れたかったのです。でも、復刻のためにしっかりした原画を手に入れるのに手間取った結果、順番を変えざるを得なくなり、動物が二つ続いてしまいました。でもお陰で、この二つを比べるきっかけができました。この2枚にはかなり重要な違いがあるからです。赤とんぼの方はかなり写実的に描かれています。実際、歌磨の自然をテーマとした絵入狂歌本を見ると、どの動物もほかの浮世絵には見られない正確さで描かれている事が分かります。歌磨は、まず間違いなく、本物を間近に観察して描いたはずです。

でもこの絵はどうです!こんな顔の猿を見た事がありますか。これが猿でしょうか?まるで、動物園で見るナマケモノみたいですねえ。そして蟹の方は、それと分かる程度の大まかな筆の跡がごしゃごしゃしているだけです。これはもちろん豊広の狙いであって、猿と蟹を描くというよりむしろ、この二つの生き物をほのめかすような筆使いをしているのです。これと同じ技法がこの絵の至る所に用いられています。木、葦、水、そのまま描かれているものはひとつとしてなく、すべてそれらしく見える程度にです。

「この絵を描くのに一体どれくらいかかったのかなあ。ほんの数分じゃないかなあ」この走り書きのような筆の跡をその通りに再現しようと、何時間も彫っていると、ついこんなことを考えてしまいます。

数週間前ですが、以前私の生徒だった人が訪ねてきて、今年の「摺物アルバム」のことで面白い事を言ったのです。彼女とはもう長い付き合いなのでお互いに心置きなく何でも話せる間柄なんですが、その彼女が今までに仕上がった7枚の版画を見て言うには、「これみんな穏やかすぎない?なんにも起こらない。見ていて眠くなっちゃうわ。」

我が目で見比べて、彼女の言う通りだと認めない訳にはいきませんでした。実際、静かな絵が揃っています。どれを見ても何も「聞こえて」きません。でも、これにはいくつか訳があると思うのです。まず、私の作品は自分の質素で静かな暮らしを反映していますし、自分の性格そのものも穏やかな方です。羽村に暮らし始めて14年になりますが、居酒屋のような賑やかな場所に行った事が何回あったでしょうか、一度だけです。

この摺物アルバムを計画した当初から、作品は自分の好みで選ぼうと決めていました。自分が選んだ絵なら他の人も気に入るだろうと、勝手に考えていたのです。でもどうやら彼女の好みには合わなかったようです。今、来年の分を選んでいるところですが、(そう、来年も又やりますよ。面白くてまだ止められないんです!)彼女の意見を気にかけながら候補となる絵を見ています。

でも、だからといって急激な変化など期待しないでください。国芳のどぎついお化け物語のような絵が入るなんてことはありませんから。私の性格は変えられないですからね。(変えたくもないです!)摺物アルバムはこれから先も、基本的には穏やかで洗練された作品集になるでしょう。私にとっては技術的にやりがいのあるもので、収集家の方々と私の双方が楽しめて満足できるような。

あのう、皆さんが、まだ目を覚ましていればの話ですが......。

平成11年11月

デービッド