針仕事

今年3枚目の作品は椿年 (ちんねん) という人の版画で、1830年代の物です。今年の摺物アルバムでは、時代を行ったり来たりする事になりそうです。どうか、変化を楽しんでください。

百人一首シリーズを手掛けていた頃ですが、作品を郵送した後に、収集家の方からこんな電話を頂くことがありました。「あのお、今月の版画ですが....、じつは...、ほんのちょっと..。取り替えて頂けるでしょうか...」こんなことがあると、必ず送り返して頂きます。自分の手許に届くと、一体どこがいけなかったのかを捜すために、まず全体を見渡します。すると、お客様の言われた通り、墨のしみが付いていたりして、そんな時にはすぐに別の作品と交換をします。今後はもっと気を付けて点検をするよう不手際のお詫びもします。ところが、お客様と私と見方が違う、ということもあるのです。つまり、「失敗」と受け取られることが、実は自然なことだったりするのです。和紙の耳がそのままになっているとか。

そこで、今回の版画はどうでしょうか? 包みを開けると、きっとすぐに、私に電話をしたくなるでしょうね。例えば、右下の袴の裾を見てみて下さい。荒削りでよれよれ、ちぎれたようです。版木がもう擦り減っているのでしょうか。お婆さんの顔の線はどうです。ずいぶんと薄いじゃないですか。墨が足りなかったのかな。おやおや、「角だらい」の濃い黒が、側の着物の線にまで滲んでいるじゃあないですか。この版画はどうしようもない、失敗だらけじゃないですか!

ま、聞いてくださいよ。この「失敗」みたいなところを、その通りに再現するのに苦労したんですから。今年のアルバムの最初の2枚では、原版画に色版を加えましたよね。でも、今回は原版画とまるで同じように作ってみたんです。(大きさはちょっとだけ小さくしましたが)ちぎれたような線、薄い墨の色、そして「粗雑」に見える擦り方は、みんなそのままなんです。

これは、浮世絵ではありません。役者や美人、あるいは名所などを題材とする浮世絵とはまるで違う絵です。そして、この版画は、原画にあるおおまかな筆の持ち味を、できるだけ生かすように作ってあるのです。江戸時代には、こういった粗描を題材とした版画がたくさんあって、絵の手本にもなっていたのです。もちろん、版画の絵それ事体を楽しむ人たちもました。

ざらついた線がありますよね。この風合いを出すためには、すべて掠れ彫りの技術を使いました。筆が紙の上をこすっていくとき、まばらにできる墨の付かない部分の味わいをだすためです。これは、まず基本となる線を彫り残し、そこに彫刻刀で傷を付け、えぐったり切り取ったりするのです。これはなかなか手の混んだ作業で、随分と時間も掛かります。でも、彫り終えて摺ってみると、まるで筆で描いたように見えます。また、墨のとても薄い部分は、墨版で2回摺りました。最初はうんと薄い青墨を用い、その上からもう一度(それも部分的に)濃い墨で摺るのです。

友達でもある西洋人の版画家の中には、この私のやり方にとても批判的な人もいます。彼らが言うには、版画というものは版画らしく見えるべきで、肉筆画のコピーではない。木目が浮き出て見え、どんな道具で彫ったかも分かり、木の癖も生かすべきだ、というのです。でも、日本の伝統木版画というのは、そもそも再生産の手段であって芸術ではないのです。

摺物アルバムが先に進むにつれ、包みを開けるなり「こりゃ、なんじゃ!」と言いたくなるようなことがまたあるかも知れません。腑に落ちない点があれば、いつでも電話して確かめてください。私の手落ちということも往々にしてありますから。でも、私が苦労して出した持ち味かもしれませんよ。私には、まだまだ試してみたい技術がたくさんあるのですから。

先月私は、手許の道具を使いこなして祐信の絵を復刻しました。今月は、同じ道具を使って、まるで違う椿年の版画を復刻したのです。これは、日本の伝統木版画の強みで、いろいろな音色を奏でられるのです。

平成11年5月

デービッド